顎の症状を訴える患者数

 平成28年度歯科疾患実態調査によると、「顎関節に何らかの症状がみられる患者数を推定すると約1900万人となる」との報告があり、その多くが顎関節症あるいはブラキシズム(無意識のうちに行っている噛みしめやはぎしりの総称)といわれている。

 

顎関節症とは?

 顎関節症は、顎関節や咀嚼筋の疼痛、顎関節の雑音、開口障害ないし顎運動異常を主要症候とする障害の包括的診断名である。その病態は咀嚼筋痛障害、顎関節痛障害、顎関節円板障害および変形性顎関節症である¹⁾。

 

簡単に言うと、あごの関節やかむ時に使う筋肉の痛み、あごの関節を使った時になる音、口が開かない等の症状を中心とした顎の不具合が顎関節症といわれるもの。

 

 

顎関節症はなぜ起こるのか?

 顎関節症の発症の原因は不明なことが多いといわれております。日常生活を含めた環境・行動・宿主・時間など多くの原因が積み重なり、個々の耐性を超えた場合に発症する。

 

 

発症原因は?

 環境的には「緊張する仕事・多忙な生活・対人関係の緊張」等。

行動的には「硬固物の咀嚼、長時間の咀嚼、楽器演奏、長時間のデスクワーク、単純作業、重量物運搬、編み物、絵画、料理、ある種のスポーツ」等、習癖(無意識の癖)として、起きている時・寝ている時の噛みしめ、二中の姿勢、睡眠時の姿勢などがあげられる。

宿主的(個人の状況を示すもの)には、咬合、顎関節の形態、咀嚼筋構成組織、疼痛閾値、疼痛経験、睡眠障害、人格等。

時間的には、悪化・持続因子への暴露時間も問題になる。

 

 

顎関節症の病態とは?

 日本顎関節学会による顎関節症の病態分類(2013)を以下に示す。

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・咀嚼筋痛障害(Ⅰ型)

・顎関節痛障害(Ⅱ型)

・顎関節円板障害(Ⅲ型)

 a.復位性

 b.非復位性

・変形性顎関節症(Ⅳ型)

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1)咀嚼筋痛障害(Ⅰ型)

 咀嚼筋痛とそれによる機能障害を主とするもの。

筋痛、運動時痛、顎運動障害があるとされる。国際的に標準的とされるDC/TMD(Diagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders:顎関節症の診断基準)の病態では、局所筋痛と筋・筋膜痛が主な症状とされる。症状の改善には筋・筋膜の症状改善が重要とされている。

 

2)顎関節痛障害(Ⅱ型)

 顎関節痛とそれによる機能障害を主とするもの。

顎関節円板障害、変形性顎関節症、内在性外傷(硬固物の無理な咀嚼、大あくび、睡眠時ブラキシズム、咬合異常等)により顎運動障害が起る。

異常な外力により、滑膜組織が損傷し炎症が生じると様々な発痛物質が放出させ、滑膜組織に豊富に存在する侵害受容器による顎関節痛が起る。また関節靭帯(おもに外側靱帯)の損傷、関節包の炎症も顎関節痛の原因となる。

 

3)顎関節円板障害(Ⅲ型)

 顎関節内部の、関節円板の位置異常ならびに形態異常により起こる、関節構成体の機能的ないし器質的障害。

「顎関節内障」と同じ。関節円板の転位、変性、穿孔、線維化により生じる。

現在ではMRIで確定診断が可能である。顎関節症の中で最も発症頻度が高く、患者人口の6~7割を占めるといわれている。関節円板の前方ないし、前内方に転位することがほとんどである。

前方転位は、開口時に関節円板が復位(もとの位置に戻るもの)するもの=「a:復位性関節円板前方転位」と復位しないもの「b:非復位性関節円板前方転位」にわけられる。

 

a: 復位性関節円板前方転位

 開口時にクリック音(コクっという感じの持続時間の短い単音)と生じて、下顎頭が関節円板の後方肥厚部を乗り越えて、中央狭窄部に滑り込んで下顎頭-関節円板関係は正常に戻るものの、開口していくと円板が再び外れてしてしまうもの。

 

b:非復位性関節円板前方転位

 どのような下顎運動を行っても関節円板が前方に転位したままの状態。クローズドロックは非復位性関節円板前方転位に随伴する開口障害の通称である。

 

・開閉口時に一度ずつ生じるクリックのことを相反性クリックという。

・関節円板の転位や変形の重症度は開口時のクリックと関連がある。

 ➀最大開口時に達する直前にクリックを認める=重症(関節円板の転位や変形の程度は大きい)

 ②開口初期にクリックを認める=症状初期

 

4)変形性顎関節症(Ⅳ型)

 退行性病変を主とするもの。

関節雑音(持続時間の長い摩擦音:クレピタス)、顎運動障害、顎関節部の痛み(運動時痛、圧痛)のうちいずれかの1つ以上の症状を認める。非復位性関節円板前方転位を高頻度に認める。

 

 

・鍼治療と顎関節症

 鍼治療は、顎関節症に対してプラセボ以上の効果があり、効果的な治療法の一つとして考えられている。

特に咀嚼筋の筋・筋膜症状由来の(Ⅰ型)への鍼治療の効果が臨床的に報告されている。

 

咀嚼筋の筋・筋膜性症状が生じる原因として、長時間のデスクワークの集中時噛みしめ(覚醒時ブラキシズム)、就寝時の噛みしめ(睡眠時ブラキシズム)、または食事環境による偏った咬合(テレビの位置などでいつも同一方向を向いて食べている)などがあげられる。

 

治療対象となる咀嚼筋は、閉口(下顎をあげる)時に活動的になる「咬筋・側頭筋」である。これらの筋が噛みしめといった閉口時、筋の緊張によって筋筋膜性疼痛症候群(※)を引き起こす。

 

(※筋膜性疼痛症候群(MPS)とは、いわゆる「筋のコリ」による多様な症状をきたす、世界中で一般的な病気です。~中略~ 典型的にはデスクワーク後の肩こりや運動後の筋肉痛・関節痛があります。

 

この状態が筋膜性疼痛症候群(MPS)になった状態です。では一般的な筋肉痛とは異なり、痛みやしびれの強さが相当激しいものになり、更に痛みやしびれの範囲が広範囲に発生する傾向にあります²⁾。)

 

またⅠ型だけではなく、1症例の報告ではありますが、Ⅲa型(顎関節円板障害・復位性関節円板前方転位型)に対する鍼治療の効果報告もあます。鍼治療後(顎の位置が前方転位した状態から変化はないものの)、開口時にみられた関節頭の運動制限に改善がみられ、開口時における側方への偏位も消失したため、開口障害の改善も見られた³⁾。という報告もある。

 

 

 

引用文献

1) 一般社団法人日本顎関節学会 一般社団法人日本顎関節学会編顎関節症治療の指針2020

2)一般社団法人日本整形内科学研究会ホームページより、一部省略し、引用:https://www.jnos.or.jp/for_public#Q3_MPS

 3)皆川陽一ら.顎関節Ⅲa型に鍼治療を試みた1症例,全日本鍼灸学会雑誌,2010年第60巻5号,837-845